可愛岳のふもとに位置しているこの場所は、天孫ニニギノミコトの終焉地として古くから伝えられ、西南戦争の折、西郷隆盛もその伝承を信じて宿陣し、その後、宮内庁からも天孫ニニギノミコトの「御陵墓参考地」として治定されている特別な場所です。周囲を柵と木の扉で閉ざされており、遠めからのみ、その姿を眺めることができますが、春になると周囲を美しい桜の花が彩り、華やかな雰囲気に包まれます。
可愛岳のふもとに位置しているこの場所は、天孫ニニギノミコトの終焉地として古くから伝えられ、西南戦争の折、西郷隆盛もその伝承を信じて宿陣し、その後、宮内庁からも天孫ニニギノミコトの「御陵墓参考地」として治定されている特別な場所です。周囲を柵と木の扉で閉ざされており、遠めからのみ、その姿を眺めることができますが、春になると周囲を美しい桜の花が彩り、華やかな雰囲気に包まれます。
宮内庁から委託を受けて、御陵を守る役職「御陵守部」に就いています。西郷隆盛宿陣跡資料館そばの西南の役石碑など、歴史の案内もしてくれます。
薩摩(現在の鹿児島県)藩士で、明治維新の立役者と言われている人物です。明治10年、西郷隆盛を盟主にして起こった「西南の役」では、政府軍と戦いながら九州各地を転戦し、最後は延岡市北川町の可愛岳のふもとに宿陣します。すでに敗戦濃厚だった西郷隆盛は、この場所でニニギノミコトとの時空を超えた出会いを果たしたことで、何とか鹿児島まで帰ることに成功するのです。
かつて和田越一帯は、西南の役で薩摩軍3千5百人と官軍5万人が雌雄を決した場所でした。国道10号の和田越交差点から山の方へと上がっていく旧道を車で3分ほど進むと、西郷隆盛が初めて陣頭指揮を執った場所に「和田越決戦之地」の文字が刻まれた石碑が建てられています。
コースお申込み・問合せ
延岡観光協会
TEL : 0982-29-2155
〒882-0053
延岡市幸町2丁目125 ココレッタ延岡 2F
日本書紀によると、天孫ニニギノミコトは「筑紫の日向の可愛の山陵に葬りまつる」と記されています。まさにその記述と同じ名前をしている可愛岳は、天孫ニニギノミコトにまつわる伝説のほかにも、巨石にまつわる伝説や西郷隆盛にまつわる伝説など、不思議な言い伝えが数多く残されており、歴史ロマンあふれる場所です。ふもとから山頂までは、片道3時間以上の険しい山道になっています。
離れた場所から可愛岳を見ると、まるで寝そべっている天孫ニニギノミコトか西郷さんの横顔のように見えるという噂が。確かによく見てみると、天に向かって突き出した山頂の2つの峰が、鼻とあごの部分に見えてきます。家田地区の方向から見ると、その表情がよく分かりますよ。
可愛岳の登山道には、ストーンサークルなど神秘的な巨石が点在しています。特に山頂に立つ鉾岩は信仰の対象にもなっており、この岩の周辺一帯が天孫ニニギノミコトの御陵墓と伝えられています。
明治10年、明治政府に反旗をひるがえした士族たちの反乱「西南の役」が起こりました。同年8月、西郷隆盛率いる薩摩軍は、現在の延岡市和田越にて山縣有朋陸軍中将率いる政府軍と相対し、「和田越の決戦」と呼ばれる激戦を繰り広げました。善戦むなしく薩摩軍は北川方面へ敗走し、現在の西郷隆盛宿陣跡資料館にあたる児玉熊四郎邸に宿陣します。この児玉邸は天孫ニニギノミコト御陵墓参考地と隣り合うように存在している場所です。西郷隆盛が宿陣した民家と、天皇家の祖である天孫ニニギノミコトの御陵墓が、こんなにも近くにあったのは一体なぜでしょうか?
西郷隆盛はこの御陵墓が天孫ニニギノミコトの御陵墓であると知っていたようです。
山縣有朋率いる政府軍が、天皇家の祖先神である天孫ニニギノミコト御陵墓に向けて鉄砲や大砲を打つことはできないと知っていて、ひとときの安息を得たのです。西郷隆盛は児玉熊四郎邸で軍議を開き、軍隊に解散布告令を出しました。その後、自身の着ていた陸軍大将の軍服を焼き、可愛岳を突囲して祝子川や高千穂を抜けて九州山地を南下し、故郷の鹿児島へと帰っていきます。西郷隆盛が何とか鹿児島まで帰り着けたのは、この天孫ニニギノミコトとの「時空を超えた出会い」がもたらした奇跡にほかなりません。
大昔、紀元前にはすでに可愛岳山頂の鉾岩付近まで、人々が参詣していたそうです。現在はあまりに道が険しいため、ふもとのこの場所に移されましたが、今でも天孫ニニギノミコトが祀られていて、神々の伝説やパワーを現代に受け継いでいます。
和田越の決戦にて大敗北を喫した薩摩軍は、北川町へと敗走し、可愛岳ふもとの児玉熊四郎邸に宿陣します。その邸宅が現在は資料館になっており、さまざまな資料を展示しています。西郷さんは、鹿児島まで逃げのびるため険しい可愛岳突囲を計画するのですが、その時の会議のようすが人形で再現されていて、緊迫したようすが伝わってきます。
住所:延岡市北川町長井6727
電話:0982-46-2960
定休日:月曜
入館料:一般200円・小中学生100円
西郷さんが北川町でそばを食べたという記録があることから、お土産として人気の品です。宮崎県産のそば粉を使った香り豊かなおそばです。道の駅北川はゆまのレストランでも食べることができます。
住所:延岡市北川町 5751番地1 電話:0982-24-6006
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